key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

散文

セイレーン(断片)

「そのうち歌でも歌い出すんじゃないか」 あるとき秀英と会って、永夏の話題になった時、太善は冗談のつもりでそう言った。研究生時代から永夏とつきあいのある秀英は、永夏と太善の関係についても、永夏から無理矢理知らされていたらしい。 「先生、永夏の…

木曜日の話

たぶん、これは需要なくてオフに出せないのでここで公開します。 そしていま確か対局日木曜じゃないんじゃなかったかな? この話を考えた時は囲碁センターは八重洲にあったけど、いまは確か有楽町ですよね。 ********** 中途半端だなぁ。今更だけ…

『鞄』

土曜日をテーマに書いてみたけど、結局今回の本から外した話。**********「伊角くんの鞄てさぁ。何入ってんの?重いけど」 いつものように和谷の部屋に集まっていた時のことだった。研究会も終わり、残った何人かで部屋の片付けをしていたのだが、…

キルシュヴァッサー

※二次ではありません。リハビリです。あしからず。***** ふんわりと白い生クリームを載せたガトーショコラを差し出すと、水彦の唇がわずかに動いた。生唾を飲み込む音が聞こえるようだった。 「食べていいの?」 水彦は、ケーキに目を落としたまま、律…

fragment

枕元の携帯電話がいつもの時間にせわしなく震えだした。 手探りでそれを止め、バスルームへむかおうとベッドを抜け出した。ふと、足元に目を向けると、ラグの上に眼鏡が落ちているのが見えた。蔓も伸びたままで、仰向けになったそれは、いかにも乱暴に投げ出…

see you again

壁の時計を見ながらのせわしない会話を終え、受話器を置くと、伊角は書き留めていたメモ用紙をちぎって、メッセンジャーバッグにしまい込んだ。 「誰から?」 楊海は振り向かずに話しかけた。 「趙石です」 「なんだって?」 「帰りに粉ミルク買ってきてくれ…

『不惑』(仮)

その朝、緒方は珍しく寝坊をした。 前日は遠方の温泉地でイベントがあった。前泊した前々日には地元の後援者から一席設けられ、イベント後には、久々に顔を合わせた仲間内で飲み歩くことになった。年齢を重ねてきたからか、彼もこのところはよく宿酔いを起こ…

ある日の出来事2

「これから行きます」と、電話が来てから10分もしないうちに、緒方の家のチャイムがなった。通常10分から15分はかかるところだ。苦笑しながらインターフォンで対応した。 やがて顔を出した伊角は、ご褒美待ちの犬のような目をして立っていた。 緒方は…

ある日の出来事・1

どういう脈絡だったのかはわからないが、その日和谷研で話題に上った棋戦は、もう15年も前のものだった。15年前と言えば、その場の最年長である門脇だって、小学生だった頃だ。もちろんその他のものはその対局について棋譜以外の情報は持っていないはず…

約束

伊角は話を一度やめて、盤面から碁石をやや多めに剥がし、一呼吸置いてから説明を再開した。 沙織はテーブルの端に軽く手を載せ、伊角が石を置くのを丁寧に目で追っている。沙織の打った手のどこがよくなかったのかを説明され、彼女は最後には晴れやかな笑顔…

bathtime blues

湯船にいるときにふと目を移すと、緒方が鏡に向かってしかめ面をしていた。 実は自分の顔が気に入らなかったのか。と、一瞬思いはしたが、雑誌の掲載写真も逐一チェックしている緒方がそんなわけはない。どこかにニキビでも出来ていたのか、と、思い、伊角は…

chinese soup

「あなたはどうして韓国語を勉強したんですか」 太善が楊海に尋ねてみると、楊海はにんまりと笑い、「君と話をしたかったから」と言った。 嘘に決まっている。と、心中で呟き、太善は頬杖をついて彼を見上げ、すねたように目をそらせた。 太善は楊海と初めて…

『火病(ファビョン)』

胸が苦しくなったのは、決勝が始まる一時間ほど前だった。 太善にとってはもうなじみの痛みだったのだが、前日の準決勝の時までには、一度も胸が苦しくなることはなかったので、もう自分は「乗り越えた」のだと思っていたのだった。しかし決勝ともなると、や…

戯れ言

「それでは質問は」 と、太善が尋ねると、永夏が「はい」と手を上げた。 「先生、ワイシャツは何枚もっていけばいいですか」 太善は微笑みを崩さずに永夏を見た。その脇では秀英がぎょっとした顔で永夏を見ていた。永夏は涼しい顔で手を上げている。 永夏が…

『四月の魚』3

院生研修の時に、和谷はよく自分の母親のことを「ウザい」と言っていた。 「そんな風に言うもんじゃないぞ」 伊角が苦笑しながらいさめると、和谷は僅かに口をとがらせて黙る。そう言うとき彼は伊角に母親が居ないことを思い出して一人気まずく感じていたよ…

『出来心』(切れ端)

玄関で応対していたヒカルが「かに来た。かに」といいながら戻ってきた。 「かに?」 「ほら」 広げられた袋の中を本田が覗く。中には足を縛られたズワイガニが入っていた。 「誰が持ってきたんだ?」 本田が続けて訊くと、ヒカルは「越智」と答えた。 「そ…

『四月の魚』2

耳元の振動音に気付いて、伊角は目を開けた。 まだそれほどの時間は経っていないのに、どろどろに溶けた身体は冷えてまた元通りに固まってしまったようだった。ただ、混じり合った記憶はまだ残っていて、彼を少し切ない気持ちにさせる。 背中にひとの気配は…

『四月の魚』(仮)①

伊角が一人暮らしをしようかと思いついたのは、二月ももう終わりに近づいたある日のことだった。 春と言われるようになってから、風が冷たく感じられる日が多くなった年だった。スーツを着て家を出た彼は、外へ足を踏み出してすぐに風の冷たさを知り、マフラ…

ring(version)

「お前はいつもそうだ」 背中を向けたまま、彼がつぶやいた。 「オレには何も言わないで、勝手に決める。いつも。いつもだ」 こんな風に突っかかってくることは時々あるので、そのまま放置しておいた。 背中はそのままぼやき続ける。 「髪を切ったときも」 …

good smell!

Iがシャツの一番上のボタンに手を掛けようとすると、「あ、待って」と声がかかった。彼はそのまま手を止めた。 「オレにやらせて」 「ええ?」 彼は思わず身を引きかけた。 「いいからやらせて」 身をひく彼を追いかけるように、Wは膝を進めてくる。 狭い部…

『so blue』5(最終話)

緒方は認証式の翌日に引っ越しをすることにしていた。 認証式は行洋と出かけた。行洋はその日棋院から表彰を受けることになっていたのである。新初段である緒方の方が説明を受ける分時間がかかったのだが、行洋は彼の用事が終わるのを待っていたようだった。…

『so blue』4

緒方が本格的に引っ越しの準備を始めたのは、学年末考査が終わってからだった。 院生研修もなくなり、年明け早々に新初段シリーズも終えてしまったので、彼はその後の時間をゆっくりと過ごしていた。その前から時間のあることはわかっていたので、気の向いた…

『so blue』3

緒方は15の夏のことをよく覚えていない。 「暑かった」とか「雨がちだった」などということも、「プロ試験で誰と対局したか」とか「あの対局が辛かった」と言うようなことも、自発的にはほとんど思い出せない。時々誰かと昔話をしているときに、鍵になるよ…

『so blue』2

煙草を銜えたままで、緒方がぼんやりしていたら、「どうしたの?」と、声をかけられた。灰が落ちそうになっていたことに気付き、慌てる彼を見て、女はくすくすと笑っている。彼女の名は河上恵、数年前にプロ入りした女流棋士だ。彼女の両親は共に棋士で、行…

『so blue』1

その年では初めて暑くなった日のことだった。 土曜日だった。半日の授業を終えて緒方は帰途についていた。 緩い傾斜を上りながら、腹が鳴りそうになる。昼はなにが出てくるんだろうと思いながら、彼は門を潜った。門のそばには行洋が生まれた記念に植えられ…

『指輪・4』

「成田にいます」 回線が向こうに繋がった途端、名乗りもせずにそう言った。 「じゃあ、しばらく待ってろ」 そう言う声の後ろにはノイズが多い。どこか出先なのだろう。仕事などはなかったと思ったが。 そう考えている内に、こちらの返事も聞かず、電話は切…

お蔵だしヨンスミ

遙か昔に書いたヨンスミ(※ヤンスミではない)。 もう、ただの馬鹿ネタです。永夏も伊角もありえないくらい馬鹿。 タイトルは「bathtime blues」といって、いろいろな人たちで風呂にまつわる話を書こうと思っていたようだが、頓挫しています。 きっとこの手…

指輪・3

「どうしたの。それ」 唐突にそう問われて、「え?」と顔を上げた。 「それさ」 その人の人差し指は、オレの左手の薬指を指している。 「水くさいな。結婚したなら、ひとこと報告してくれればいいのに。……ていうか、君にそんな関係の人がいたのも知らなかっ…

指輪・2

同業者だから、仕事に行けばどこで顔を合わせてもおかしくはないのだが、案外あの人と一緒になる機会はない。その日も仕事を終えて部屋を出たところで偶然のように顔を合わせたのだった。 あの人は煙草を吸っていた。 「終わったんですか?」 と、尋ねると、…

密約

Sから申し出を受けた日の深夜。おそらく起きているだろうという予測のもとにYにメッセージを送った。案件は彼のことについて。密約をかわしている以上、言わないでいるわけにはいかないと思ったのである。 こちらからのメッセージを受けたのだろう。程なく…