どういう脈絡だったのかはわからないが、その日和谷研で話題に上った棋戦は、もう15年も前のものだった。
15年前と言えば、その場の最年長である門脇だって、小学生だった頃だ。もちろんその他のものはその対局について棋譜以外の情報は持っていないはずだった。
一人を除いて。
「それならたしかビデオを見た覚えがある」
アキラが言った。
「え?おまえんち未だにビデオなかったんじゃね?」
ヒカルが訊くと、アキラは「ああ」と答えた。
「だからたぶん緒方さんのだと。父に頼まれて、持ってこられたんじゃないかな」
アキラの言葉に、「ああ」だの「へぇ」だのと感心したような納得したような声があがる。
「で、どんなだったんだよ?」
和谷の問いかけに、アキラは首をひねった。
「ボクもちいさかったんで、見たってことしか記憶にない」
「でも、それじゃ、緒方先生に頼めば、見られるのかな。そのビデオ」
「さあ。どうだろう。緒方さんも流石にそんな古いものはもう持ってらっしゃらないかも」
越智の言葉にアキラが答えると、
「そうだよなぁ。だいたい緒方先生なら、もうビデオデッキ自体捨てちゃってるかも知れないよな」
ヒカルの言葉に、
「そうだなぁ。うちだってもうビデオなんかねぇし」
と同意する声があがり、その話はそれきりになった。
ところが、その対局のことがどうにも気になって仕方がなかった伊角は、帰りに一人になったところで緒方に電話をかけた。
件の対局の話と、アキラの記憶のことを話すと、緒方は「たしかにそう言うことはあったかも知れないな」と呟いていた。
「まだありますか?そのビデオ」
伊角が尋ねると、緒方はそっけなく「さぁな」と答えた。
「15年前なら、その間引っ越しもしているし、本当に処分してしまったかも知れない」
気落ちした伊角がそのまま何も言えないでいると、しおれている気配が向こうにも伝わったのか、緒方の方から「探してやろうか」と、言ってきた。
「いいんですか?!」
「でも本当に、あるかどうかわからないぞ。そんなに期待するなよ」
笑って電話を切った緒方から連絡があったのは、次の週末だった。
「例のビデオ、あったぞ」
緒方の言葉に驚いた伊角は、実家の居間で団らん中だったにもかかわらず「本当ですか!」と大声で答えた。
「今度貸してもらえますか。それ」
家族の迷惑そうな視線から逃れるために移動しながら、伊角は小声で尋ねた。
いつもの緒方なら快く承知してくれるところだ。しかしなかなか返事は返ってこなかった。
「先生?」
伊角は自室への階段を上りながら、緒方を呼んだ。
「貸しても役に立たないと思うぞ。たぶん」
緒方の言葉を不審に思い、伊角は目を瞬かせながら、自室のドアを開けた。
「ビデオデッキならありますよ。うち」
「いや、それはわかってる。でもな」
「テープが駄目になってたとか?」
「そうじゃない」
「じゃあ、なんで駄目なんですか?」
「だって、ベータだぜ」
伊角はしばしの間のあと、
「それ、なんですか?」
と、訊き返した。
しばらくの間のあと、受話器の向こうから、
「やっぱりわからないよなぁ……」
という緒方の苦笑しつつのつぶやきが聞こえてきた。
……もう少しつづく。
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ジェネレーションギャップを感じる瞬間。
ちなみに伊角くんちはまだビデオデッキがバリバリ現役です。まあ、Vですけど。