key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

good smell!


 Iがシャツの一番上のボタンに手を掛けようとすると、「あ、待って」と声がかかった。彼はそのまま手を止めた。
「オレにやらせて」
「ええ?」
 彼は思わず身を引きかけた。
「いいからやらせて」
 身をひく彼を追いかけるように、Wは膝を進めてくる。
 狭い部屋の中ではすぐに逃げ場がなくなってしまう。壁に追い詰められて、Iは首を竦めていた。
 にじり寄ってくるWの表情は、どことなくにやけているように見えた。Iは上目遣いにそれを眺めていた。自然と唇が歪んでいた。
「なんでそんな顔するの?」
 にやけていた口が、僅かに尖る。自分の方へ伸びてくる手を恐れ、Iは身を堅くした。
「……ボタンぐらい自分ではずすよ」
「オレがやりたいの」
 襟元にWの指がかかる。Iは顎を引いた。
 Wは一つ一つ慎重にボタンをはずしていった。
 一見したところ、Wは真面目な顔でボタンと格闘しているのだが、Iの目にはWがやはりどうもにやついているように見えていた。彼の目は自然訝しげになった。
「なにがそんなに嬉しいんだ?」
 Iが聞くと、Wは目を落としたままで「ええ?」と聞き返してきた。それでも開いた唇のはしは上がっている。
「さっきから何かにやけてないか」
「そう?」
 Wはふふ、と笑った。
「だって嬉しいもん」
「何が」
「なんとなく」
 会話にならない。Iはそれきり問いかけるのをやめた。
「オレねぇ。これやってみたかったんだよね」
 今度はWの方から話し出した。
「こういうときにはさ、やっぱりオレが脱がせるのがいいなぁって思ってたから」
「いつから」
「わかんない。もう忘れたけど。……でも研修じゃないときに、学校の制服着てきたりすることあっただろ?あん時とか、「うお、脱がしてぇ」って思ってた」
「……いつの話だよ。それ」
 照れくささに、文句を言う声も小さくなる。
「昔からネクタイ自分で結んでた?」
「ああ」
「自分で覚えたの?」
「父さんに教えてもらった」
「そっか。じゃあ、オレにとってはおじさんが先生の先生なんだな」
「先生?なんの」
「ネクタイの。オレ、昔結んでもらったのがネクタイ初めだもん」
「……」
「最初に結んでもらったとき、すげぇ嬉しくてさ。なるべく形崩さないように頑張ってた」
「どうやって」
「毎回緩めて締めてってやって。わっかのまんまでハンガーに掛けてた」
「バカだな。いつでも締めてやるのに」
「うん。そうだけど」
 一番下までボタンをはずすとWは満足げにそれを眺めていた。Wの視線がこそばゆい。Iは複雑な気持ちでWの様子を伺っていた。
 Wは深呼吸をすると、Iの方へ近づいてきた。Iはもう逃げなかった。
 呼吸が首筋に触れると、Iの頬が熱くなった。熱を吹き込まれたような感じがした。
 すぐに身体が触れ合うかと思われたのに、Wは唇の触れそうな距離でもう一度深呼吸をした。
「あのさぁ」
 その声は身体の中に染み渡るように聞こえていた。
「なんかいい匂いするよね」
「いい匂い?」
 Iはきょろきょろと周囲を見回しながら聞き返した。
「どこから?」
「身体から」
「だれの」
 Wは黙っている。暗黙の了解とでも言いたげだった。
「どんな?」
「なんて言ったらいいかわかんないけど、いい匂い」
 鼻先が彼のうなじに触れる。Iは首を竦めた。
「うまそうな匂い」
 おかしな表現に、Iはつい吹き出してしまった。
「すげぇドキドキする」
「変なこと言うなよ」
「ほんとだよ」
 Wはもう一度深呼吸をすると、「いい匂い」と呟いた。すり寄せられた鼻の感触に、Iも動揺していた。
「……オレさっき汗かいたから」
「そう?」
「その匂いじゃないか?たぶん……」
「違うよ」
 Wはきっぱり言い切った。
「もっといい匂いだもん」
「……どんな匂い」
 聞きながら頬が熱くなっていた。
「だからいい匂い」
 Wは念を押した。
 唇が首筋に触れる。ちゅ、と、小さな音がたった。
 Wの手がシャツの下にそっと差し込まれた。僅かに触れた指先の感触に、Iは身体を震わせた。その手の進入を阻止しようと、彼は腕を伸ばしたが、その手は即座にWに捉えられた。思わぬ力強さに、Iは抗いきれなかった。
 身体に伸ばされた手が、シャツをそっと剥がしていく。むき出しにされた腕が寒かったが、じきに熱い手で掴まれた。
「いい匂い」
 Wはもう一度呟くと、
「いただきます」
 と、Iの鎖骨に噛みついてきた。

※伏せ字バージョン。これはこれで下世話な感じでおもろいといわれたので、載せてみる。
smellはもともと悪臭を指すようだけど、食べ物の美味しそうなにおいを言う言葉を他に思い付かなかった。他に適語あれば教えて下さい。