key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

fragment

 枕元の携帯電話がいつもの時間にせわしなく震えだした。
 手探りでそれを止め、バスルームへむかおうとベッドを抜け出した。ふと、足元に目を向けると、ラグの上に眼鏡が落ちているのが見えた。蔓も伸びたままで、仰向けになったそれは、いかにも乱暴に投げ出された風情である。
 かがんでそれを拾い上げると、彼の頬が少々熱くなってきた。昨夜の彼自身の余裕のなさを思い知らされたような気がしたのだった。
 悪戯心から、眼鏡をそっとかけてみる。これまで眼鏡には全く縁の無かった彼には、その眼鏡は度が強すぎて、いつもかけてみる度に軽くめまいを起こす。目を瞬きながらベッドの方を見ると、歪んだ視界の中に、眼鏡の持ち主が見えた。隣に人がいなくなったことに気付いているのか、彼は虚しくコンフォーターを抱きしめていた。
 ひと月半ほど前から、あちらこちらに遠征をして回っていた彼から、久しぶりに連絡が来たのは二日前のことだった。彼が旅していたひと月半の間にどこで何をしていたのかはよくわかっていたのだが、それでも受話器の向こうの声には胸が震えたし、今日顔を合わせることが出来ると思ったら、仕事も上の空だった。
 いつのことだったか、飲み過ぎるくらいに飲んだときには人が変わったようになると教えられたことがあったが、昨夜の自分は、それだけではなかったと思う。
 彼は眼鏡を外し、クリアな視界の中の恋人の寝顔を見下ろした。
 安らかな寝顔だった。
 年に数度しか見られないその寝顔を、彼はしばらく見つめ、自分と同じように、この人も昨日のことを心待ちにしてくれていたのかと思った。
 今しばらくの間、この人のこの寝顔を独占できたらいいのに。
 彼は眼鏡の蔓をたたむと、いつもの場所に眼鏡をそっとおいた。


**********

ただ単に床に落ちた眼鏡を拾って照れる伊角が書きたかったというそれだけの手慰み。お粗末でした。