key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

see you again

 壁の時計を見ながらのせわしない会話を終え、受話器を置くと、伊角は書き留めていたメモ用紙をちぎって、メッセンジャーバッグにしまい込んだ。
「誰から?」
 楊海は振り向かずに話しかけた。
「趙石です」
「なんだって?」
「帰りに粉ミルク買ってきてくれって言われていたんですけど。二種類あるから間違えないでくれって」
 伊角は苦笑していた。
「もうすぐ父親だもんなぁ」
 楊海が笑いながら振り向くと、伊角はもうトランクに手をかけていた。
「あれ、もう行く時間か」
「はい。そろそろ」
 伊角は腕時計で時間を確認すると、「着いたら連絡します」とおざなりに告げ、部屋を出た。
 楊海はその様子を微笑ましく見送り、煙草に火をつけた。
 そして彼に言いたいことがあったのを思い出した。


 数ヶ月ぶりの母国は懐かしいような気もするし、よそよそしい感じもする。預けていた荷物を受け取り、空港から一歩外へ出たところで、伊角はなんとなく深呼吸をした。
そして、自宅へ連絡を入れておこうかと、携帯電話をとりだした。
 電源を入れるとすぐに携帯電話が震えだした。
 突然のことに驚き、確認すると、メールが二通届いていたのだった。
 その日の帰国はまだ和谷にも教えていなかった。不思議に思いつつ、確認してみると、一通は趙石から。もう一通は楊海からだった。
 趙石のメールは、出がけに確認してきた粉ミルクの件で、銘柄名を明記してあった。おまけに伊角のウェブメールに同時送信がされている。
 趙石の子供が生まれるのは、ふた月も後のことだ。こういう事柄に関して自分が全く信頼されていないことと、趙石がしつこいくらいに念を押す質であることを改めて思い知らされ、伊角はつい溜息をついた。
 そして、次に開けた楊海のメールには、「帰ってきたら、カレー作って」と、書いてあった。
 全く予想もしていなかった内容に、伊角はまず目を丸くし、つい吹き出した。
 一体何ヶ月先の話だ、と、笑いながら思い、とりあえず「わかりました」と返信をした。
 それから、出がけの約束を思い出して、改めて到着の旨をメールした。
「今着きました」の他には何も書けなかった。「でももう戻ります」という言葉を続けて書いてしまいたい気がして、何も書けなかった。
 メールを送信し終えると、彼はメッセンジャーバッグに突っ込んできた買い物メモをとりだし、その一番下に、いつも使っているカレーのルーの名前を付け加えた。

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手慰み。

なんかラストが決まらんような気がするので、いつか機会を見て直したい。