『遠い星・25』
「和谷くんていうのは、随分優しい子なんだな」
楊海が言った。
彼から電話がかかってきたのは、かろうじて当日中と言えるような時刻だった。
「楽平とはえらい違いだ」
「そんなことないですよ。昔は随分やんちゃだったし、すぐかっとして喧嘩するし……」
「でも、君のことを心配してるんだろう」
「はあ」
伊角は決まり悪げに言った。
「今日会って真面目そうな子だなぁと思ったよ。全く。確かに顔は楽平と似ていたけど、見習わせたいね。連れて帰りたいくらいだ」
「でもオレが帰る間際には、楽平だって随分真面目になってたじゃないですか」
「君がいる時にはな」
含みのありそうな言葉だった。
「君が帰ったら、なんか気の抜けたようになってな。張り合いがなくなったみたいで……まあ、君が来る前よりはまだマシだけど」
「そうですか……」
「北斗杯も来たかったみたいだが、今は上の層も厚いから、メンバー入りも難しいし、あんな調子じゃちょっと連れてくるわけにも行かない」
楽平の近況を聞いて、言葉少なになった伊角に、楊海は「別に君のせいじゃないだろ」と笑った。
「さっきも話してたけど、本当にまた来いよ。それこそ和谷くんと一緒に。そうしたら、楽平もまた少し気合いが入るんじゃないかな」
「……はい」
「ところで君の方は調子はどうなんだ?」
「まあ、ぼちぼちというか……まだあんまり対局してないですから」
「勝率は?」
「今のところは全部勝ってますけど」
「へぇ、すごいじゃないか」
「まだまだこれからですよ」
伊角は照れ笑いを浮かべた。
「そう言えば、この間のメールに、タイトル戦の記録をやったって書いてあったよな」
「ああ、はい。十段戦の最終局です。急遽の代役だったんですけど、ラッキーでした。緒方先生に声もかけてもらって」
「え?」
話の途中で、楊海は意外なほど驚いていた。伊角はそれを訝しく感じたが、そのまま話を続けた。
「棋戦が終わってから反省会があったんですけど、一緒にどうかって、緒方先生から誘われて。同席されていた高段者の方々にいろんなこと教えて頂いて、すごく勉強になりました」
「あ、そう……」
「楊海さんは、緒方先生と面識あるんですか?」
「そりゃあ目立つ人だから、一方的によく知ってるけど、……どうして?」
「今日見ていたら倉田さんとも随分親しいみたいだったし、もしかしたらと思ったんですけど」
「緒方先生がなにか言っていたのかい?」
楊海に尋ねられ、伊角はひとり目を瞬かせていた。
「いいえ」
「緒方先生は、オレや倉田よりはひと世代上って感じだからな。そんなでもないよ。対局したこともない。……ていうか、倉田がおかしいんだよ。あいつ年下の癖にオレのことをただの便利屋扱いして、ちっとも敬わねぇ」
わざと悪態をつく楊海の様子がおかしくて、伊角はつい笑った。
いつまでも話をしていたいと思ったが、明日が本番であるということも気になっていた。名残惜しい気持ちを持ちつつ、伊角は自分から話を切り上げた。
それでも彼のふわふわとした気分は、夢の中まで続いていた。
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だからこの人はどこのヲトメですか(笑)