key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星』48

 訝しげな表情をしている伊角に適当な話題を振って、その場は話を誤魔化し、やがて彼らは河岸を変えた。
「あ、そうだ」
 九星会の打ち初めのことを話していた伊角は、突然なにか思いついたように、声を上げた。
「先生。先生にもお話伺いたいことがあったんです」
「なんだ?」
「ええと……」
 伊角はぱたぱたとスーツのポケット周りを探って、「あ、今日鞄持ってなかったんだった」と残念そうに呟いた。
「何を探していたんだ?」
「碁盤を」
 緒方は伊角の言葉にぎょっとした。
「お前いつも碁盤なんか持ち歩いてるのか?」
「はい。旅行用の。マグネットのを」
 バーで突然碁盤を持ち出されてはたまらない。緒方はほっと胸をなで下ろした。
「碁の話か?」
「はい」
「碁盤がないと駄目なのか」
「だいぶん手が進んでからの話なんで………。碁盤がないと説明難しいかなぁ」
 伊角はふぅと息を吐いた。
「……この辺に碁会所ありませんかね」
「碁会所?」
 伊角はアルコールが回っているのか、少々とろんとした目をしている。碁会所について考えているのか、それとも考える振りをしているだけで思考は止まっているのか、判断がつかない。緒方がちらりと時間を確認したところ、仮にこの近くに碁会所があっても、あいているかどうかはかなり怪しい時間だった。
 伊角が緒方については仲間達から警告を受けていると言うことを知っているので、緒方は伊角には無理に酒を勧めない。この日も普段通りにしていたのだが、前日四日に九星会の新年会があり、帰りが遅かったという話を思い出し、伊角は前日の疲れから酔いが早くに回ったのかも知れないと考えた。
 酔った伊角は普段以上に融通が利かなくなる。おそらく彼の頭の中はいま「碁盤」という言葉で一杯になっているだろう。これまでの経験からそう考えた緒方は、さてどうしようかと思案したあげくに「じゃあ、うちに来るか」と提案をした。
 伊角はとろんとした目もそのままにして「え、いいんですか?」と返してきた。
「あ、でも奥さんいるんですよね」
「今日はいない。というか、年末から実家に帰しているから、オレはここのところはずっと一人なんだ」
 伊角は緒方を見つめたまましばらく黙っていたが、やがて「本当にいいんですか?」と、問いただしてきた。
「七日に迎えに行くことになっているから、別に遠慮はしなくてもいい。どうせこれから打ち始めたら、終電には間に合わないだろう。そのまま泊まっていけばいい」
「……はぁ」
「この時間まで飲んでいられるって事は、明日は暇なんだろう?」
「……まぁ」
「よし。じゃあ、そうしよう」
 緒方はさっさと勘定を済ませて席を立った。突然のことにぽかんとしていた伊角は「いくぞ」と声をかけられて、あわてて席を立った。

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伊角がいつも碁盤を持っている、というのはデフォルトですよね?とか一応同意を求めてみる。