新年があけて二日、緒方と伊角は目黒で顔を合わせた。
目黒にあるホテルの主催する新年のイベントで、囲碁の公開対局が組まれていたのである。緒方は公開対局の解説者として呼ばれており、伊角は対局後に行われる多面打ち指導碁を手伝うことになっていた。
緒方は伊角がその日来ることになっていることを知らなかった。公開対局の解説をしているときに、ふと会場に目を向けると、伊角がいたのである。
伊角の方でも、緒方が見ていたことに気づいていたらしい。指導碁が始まる前に、自分から緒方に挨拶をしにきた。二人が面と向かって話をするのは、伊角が緒方の結婚について確認をした日以来、数ヶ月ぶりのことだった。
一通りの新年の挨拶をした後、伊角はつい先ほどまで行われてた公開対局と、緒方の解説について感想を述べ、それから「先生、今日はこの後お時間ありますか」と、尋ねてきた。
一月の二日は、毎年塔矢一門の新年会が行われることになっている。緒方もこの日にはイベントが終了次第、師匠宅へ年始の挨拶へ行く予定になっていた。緒方がその旨を話すと、伊角は「ああ、やっぱりそうですよね」と言いながら、落胆の色を見せていた。
「五日の打ち初めには来ないのか?」
「もちろん行きます」
「そのときでは駄目か」
「オレはいいんですけど、先生は他からたくさんお誘いがあるんじゃないですか?」
「そうかもしれないが、今のところ別に予定はないから、予約をすることは出来るぞ」
緒方の言葉に、伊角は複雑な表情を浮かべていた。嬉しい反面で、そんなことをして緒方を拘束してもいいのかと思っているらしい。「全くわかりやすい」と緒方はつい吹き出したくなってしまった。
「どうする?」
伊角はもうしばらく逡巡し、「お願いします」と言った。
そして一月五日。
市ヶ谷の本院での打ち初めのあと、緒方は伊角を口実にして他からの新年会の誘いを断って回っていた。
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まあ明日まではちょっと頑張りますよ。