key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星』41

 結婚の打ち合わせは、緒方の対局の合間をぬって行われた。
 結婚をごく私的なものととらえ、簡素にすませたいという点で、緒方と沙織は一致していた。沙織の父は娘のためにそれなりの体裁を整えてやりたいようだったが、結局は当人たちの意向を受け入れた。彼らはその代わりに、沙織の両親の希望であるチャペルでの挙式を受け入れることになった。緒方の性質をよく知る彼の親族は、彼の結婚についても、また沙織についても特に意見することはなかった。話は順調に進められ、大きな棋戦を一つ終えた後に、某所の教会で緒方は式を挙げた。両家の親族と仲人的な立場である塔矢夫妻、新郎新婦と親密な付き合いをしている者のみが出席した、こぢんまりとした式だった。
 緒方は数日後からまた棋戦が始まる予定だったため、式の翌々日には、もう新居を離れていた。沙織もすぐに仕事に復帰し、すれ違いの多い結婚生活が始まった。
 二人は夫婦と言うよりも、同居人と言った方が適切な関係だった。

 緒方が伊角から祝辞を受けたのは、挙式から数ヶ月が経過した頃だった。仲間内の研究会に呼んだ後、彼は伊角を食事に誘い、そのままバーへ流れたのだった。
 注文を終えるなりくすくすと笑い出した伊角が気味悪くて、緒方が問いただしたところ、彼は進藤ヒカルから結婚の噂を聞いたと話していた。
 ヒカルの名前が出たことで、ニュースソースがどこかは知れた。芦原もアキラも式に呼んではあったが、そう言うことをうっかりヒカルに話しそうなのは、アキラの方だ。
 伊角の方から尋ねられたので、結婚のいきさつを話しはしたが、伊角はなんとなく納得しかねる表情をしていた。
「青少年の夢を壊すようなことをして、申し訳ないな」
 緒方が言うと、伊角は申し訳なさそうに、
「いえ、別に。……オレには縁のないことですから」
 と、言った。
 伊角の言葉に、緒方は「そうか。そうだった」と、うっかりと伊角の性的な傾向を忘れかけていた自分を責めた。それでも「そうか?どうかわからないぞ」と言ったのは、伊角の気持ちを承知していても、なおかつ彼のその恋情が幻のようなものであって欲しいという自分勝手な気持ちから出たものだったと、緒方は後になってから理解した。