key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・26』

 伊角との電話を終えてから、楊海は緒方に電話を入れていた。
 彼が来日しているというと、緒方は思い出したように、「ああ北斗杯の引率か」と言った。
「引率じゃないですよ。オレが団長なんです。オーダー決めるんですよ。オレが」
 楊海の耳に、緒方の低い笑い声が聞こえてくる。
「そういえば日本は確か倉田だったな。韓国は誰なんだ」
「安太善です」
「じゃあ、もう勝負はついたじゃないか。それにたしか韓国には高永夏がいるだろう」
「うちにも陸力がいますよ」
 緒方は「まあそうだな」と含み笑いをした。
「それで、なにか用か」
「先生、伊角くんにあったそうですね」
「ああ。会った」
「どうして教えてくれないんですか」
「彼とコンタクトを取るときにはお前に断らなきゃならないのか?」
 楊海は言葉に詰まった。
「怒るなよ。偶然なんだし。お前には放っておいても連絡が入るだろうと思っていたんだよ」
 受話器の向こうから不満そうな溜息が聞こえてくるのを、緒方はニヤニヤしながら聞いていた。
「あの時の立ち会いは篠田九段だったんだが、こっちで院生師範をしている関係で、以前から伊角を随分可愛がっていてな、彼を指名したらしい」
 楊海は黙って緒方の説明を聞いていた。
「当日の朝に突然変更になったんだ。オレだって、対局室に入ったら彼がいたから驚いた」
「それだけじゃないでしょう」
「なんだ?」
「打ち上げに呼んだそうじゃないですか」
「駄目なのか?いい機会だと思ったから誘っただけなんだが」
「それで?打ったんですか?」
「いや。まだ顔をつないだだけだな。連絡先は聞いたから、これからお近づきになろうかと思っているところだ」
 無言の楊海に、緒方は不満そうな雰囲気を感じ取った。
「お前はすっかり彼の保護者気分なんだな」
「そんなことはないですよ」
 緒方はその言葉を一応の否定と受け取った。
「でも、もともとは先生がオレに一枚かませたんじゃないですか。一言ぐらい何かあってもいいんじゃないですか」
「じゃあ、これからはなるべく連絡を入れるようにするよ。それでいいか」
「別に先生が彼とどんな付き合いをしようが、オレの関知するところじゃないでしょうが」
「そうだな」
 言葉の途中で緒方は相槌を打った。
「もし彼と打つようなことがあれば、その後には必ず連絡をください。先生の見解を伺いたい」
 楊海の声が真面目であることに、緒方は少し驚いていた。
 もともと緒方が伊角に興味を持ったのは、成澤や篠田の贔屓があったからだ。打ってみたい気持ちはやまやまだが、彼とてそれほど暇な身の上でもない。楊海の言うとおり、彼に一枚かませたのは自分なので、緒方はその時楊海の申し出を受け入れた。