key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『あのひととここだけのおしゃべり』

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり

よしながふみ対談集 あのひととここだけのおしゃべり

合田シリーズを一通り読み終わったので、後回しにしていたこれを今日は読んだ。
BL関係者との対談が多いせいもあるだろうが、同じような話が何度か出てくる。三浦しをんとの対談、こだか和麻との対談、羽海野チカとの対談が興味深かった。ただし羽海野チカとの対談は既読のメロディのものなので、ポイントは以前とあまり変わらない。

  • 読者の教育、啓蒙について

特にこだか対談の中で、――二人とも非常にプロフェッショナルな姿勢の仕事人だと思ったのだが――「編集者に育てられる」という話が何度か出てきていた。少年誌出身のこだか氏はデビューの頃に担当編集者から徹底的に教育をされたようだ。印象に残ったのは、BL雑誌の編集者と、一般誌の編集者の意識の違い、というか。
読者にかなり近い立ち位置にいるBL誌の編集者は作家を育てる意識があまりないような印象。
ネームをチェックしないこともあるとか。編集者と好みがあわないとつらいとか。
三浦対談の一回目のほうで、「少女漫画的な文法は学んで見方がわかれば読み解くことが出来る。編集者は読者を啓蒙する視点で雑誌を作っていく意識が必要ではないか」というような話が出ていたので、非常に興味深く読んだ。
三浦対談の「啓蒙意識」という話を読んだときに考えたのは、BL誌と一般誌の持っている資本力(?他に適切な言葉が思いつかない)ということ。BL誌を出しているのはだいたい非常に小さな出版なので、長期戦(じっくりゆっくり作家を育てていったり、読者を育てるといった所)に向かう体力がないところがほとんどなのではないかと思うのだ。
ビブロスの倒産はまだ記憶に新しいし、「ルチル」は雑誌の名前も残っているし、単行本もほぼ引き継がれているけれど、出版社はもう何度も変わっている。10年以上持ちこたえたシャレードも休刊だし、長く続いている雑誌でも安泰と言えるものはそうたくさんはないだろう。長期の連載ものが少なくて、短編、単発が中心というのも、その体力のなさが原因なのではないだろうか。出版業界の現状は詳しくはわからないけれど、BL周辺は即戦力の作家をひろってきて、すぐにペイしなければ生き残っていけない業界のような印象がある。作家を育てるような意識が育たないと言うことは、編集者自身もなかなか育てないのではないかと思うのだが、どうなんだろう。まあ、よしながふみは業界内にいるのだし、三浦しをんも全く無関係ではないから、二人ともその辺は承知の上であえての発言かも知れないけれど。

  • 24年組の影響

よしながふみがベルばら同人をやっていた、というのは、もう結構知られている話だと思うのだけど、この本の中で繰り返し名前が出てきたのは、萩尾望都大島弓子山岸涼子、など。あとは青池保子とか吉野朔実とか。本の最後では萩尾望都との対談も収録されている。
大島弓子は男性評論家に誤読されている、という話があり、面白く思う。また、今市子が何処かで書いていたとか言う「グレンスミスの呪い」というのが興味深く、思わず「ポーの一族」を引っ張り出してきて、「グレンスミスの日記」を読み返してしまった。
よしながふみは「24年組にとても影響を受けた」ということ、「自分の漫画を読んでくれた人が、そこを入り口にして24年組のマンガを読んでくれたらと思って描いている」という話が印象的だった。

  • 女性の抑圧と少女漫画、BL漫画

よしながふみは、女性はみんな何らかの形で抑圧を受けているけれども、個人個人で抑圧されているところが違うから、少女漫画は非常に多様だし、BL漫画でも個々のポイントに対応するだけのジャンルが存在するのではないかという話をいくつかの対談で繰り返ししている。それだからこそ連帯しにくいとも。
先日あるところで「カリスマ腐女子は何故でてこないのか」という話題があったのだけど、みんなちりぢりバラバラなものが好きなのはその通りだと思うし、萌えポイントがずれているものに対してものすごい反発をすることがあるというのを思い出しても、皆の信望を集めるようなカリスマなんて永遠に現れっこないよなぁと、ふと思った。あと、女子であるが故の足の引っ張り合いのようなものもないではないと思う。