散らかった部屋の住人
ちょっと前に見に行ったブログのコメントで、地域では有名な低レベルの学校に行って話をしたときに、「こうすると楽が出来るよ」というアドバイスみたいなモノを生徒にしたら、みんなぽかんとしていたという話があって、「そりゃ、ぽかんとするだろうな」とその時に思ったんだけど、何故かという考えはすぐにまとまらなかった。
それから断続的にそのことについて考えてみたんだけども。
たぶん勉強を自律的にやれる人には全然わからないことだと思うのだけど、学習において本当にどうしようもなく低レベルなところにいる子(例えば漢字が全く読めないとか四則計算が出来ない高校生とか)というのは、なんというか、散らかり放題の部屋の中にたたずんでいるような状態なんじゃないかと思った。
目の前に片付けなきゃいけないモノがあるんだけど、「いまじゃなくて明日にしよう」とか「また今度ゆっくり」とか思っているうちに、はっと気付いたら、自分の周りはモノであふれかえっていて、どれが必要なモノで、どれが必要でないかも全くわからなくなっている状態。とりあえず目の前にあるモノから片付けようとしても、ずっと向こうまでモノがいっぱいになっているので、見通しも立たず、もう片付けるのが嫌になってしまっている状態なんじゃないか。大体何もしないのが一番楽なのだし。
だから「これをこうするといいよ」と言っても、その肝心の「これ」がどこにあるのかも見つけられなかったりする。なにせ目前には問題が山積みだから。
効率とかなんとかよりもっと前のところにいて、手も出せずに呆然としているから、だれかが「いるモノといらないモノにわけよう」「燃やせるゴミと燃やせないゴミにわけよう」とものすごく地道なところから声をかけて手を引いてやらないといけないところにいるんじゃないかと。
一つ一つ荷物は片付けていけばいいんだけど、荷物を片付けている間にも、他の荷物が持ち込まれたりするので、そのうちうんざりしてきたりもする。中には部屋を片付ける夢にうなされる人もいるかも知れない。
とにかく長年ため込んできたモノの整理はものすごく根気のいることだ。嫌になって、その部屋を捨てて逃げてしまう人も出てくるだろう。けど、地道に一つ一つ片付けることを自分で身につけていかないと、他人から教えられた「楽な方法」も全然楽じゃないし、なぜその方法が楽なのかも理解できないだろうな。