key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星』47

 伊角から声をかけてくるときには、彼が楊海のことを緒方に語りたいと言うことだ。緒方が伊角の秘密を暴いてしまってから、伊角は楊海のことを隠さなくなった。
 緒方は伊角を連れて市ヶ谷の本院を離れた後、あまり棋士仲間の立ち寄らない界隈にある店を選んで移動した。
 伊角の話は他愛のない話題から始まった。
 年末に楊海からグリーティングカードをもらったこと。また、年末に一度、年始に一度オンラインで久しぶりに対局をしたこと。その後にしばらくメッセンジャーを通して言葉を交わしたことなど。緒方は頬杖をついて彼の話を聞いていた。
 伊角は緒方にはどうでもいいように思われることも、嬉々として語る。どこかうっとりとした表情で。その顔は、緒方に芦原を思い出させる。
 彼に愚痴をこぼすとき、芦原はあまり彼を見ない。どこと特定できないような方向に目を向けながら、一方的に緒方に話をし、時々反応を伺うように、彼の方をちらりと見る。伊角も同じようなものだった。目は軽く伏せているが、その視線は別にテーブルに向けられているのでもなく、グラスに向けられているわけでもない。そして秘密の隠し場所から大切なものを取り出して見せるように話をし、時々様子をうかがうように彼に目を向ける。
そして二人とも好きな相手の事を語っているときには、どんなに相手の悪いところを語っていても、どこか楽しそうに見えた。
 緒方はその日も適当な相づちを打ちながら、伊角を観察していた。
 伊角の話を聞いていると、いつでも緒方には楊海がとてもいい男のように思われてくるのだった。彼の古くからの知己である楊海と、伊角が思いをかける楊海は別人なのではないかという気すらしそうになる。緒方にはそれが不思議だった。
 伊角の視線の先には、おそらく楊海がいる。芦原の視線の先には、彼が思いをかける男がいるのだろう。芦原の好きな男が誰なのかを緒方は知らないが、恋というバイアスのかかった伊角の目には、楊海はどんな風に見えているのか、緒方は時々それを知りたくなる。おそらく話の内容と同じように、伊角の見ている楊海は、彼の知っている楊海よりも数倍いい男なのだろう。出来るものならそれを写真にでも撮って本人に見せてやりたいものだ、と、緒方はつい考えた。その写真を見た際の楊海のリアクションなども想像すると、おかしくて仕方がない。
 はっと気づくと、隣では伊角が顔を引きつらせていた。
「……すみません。調子に乗りすぎですよね。オレ」
 伊角は自分の失態を誤魔化すように笑った。
 緒方はようやく自分が勝手な想像をしたあげくに失笑していたことを知った。
「いや。……悪い」
 我ながらまずいことをしたと感じていた。緒方は今更ながら「別にお前のことを笑った訳じゃなかったんだ」といいわけをした。
「でも、先生は面白くないでしょう。こんな話聞いても」
「いや。なかなか面白いよ」
 そう自分で口に出してから、彼は「ある意味では確かに面白い」と思っていた。


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ちょっと遊びすぎたかもな〜。
ということで、最後の方をさっくり切りました。続きはまた次回に。