key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・21』

 その年の新初段は三人いたが、伊角はその中でもひときわ注目を集める存在になった。
 新初段シリーズで桑原本因坊に勝利したからである。
 桑原との関係を何かと揶揄されることの多い緒方の所にも、当然のようにその話は聞こえてきていた。
「緒方さん、気になるでしょ」
 と言われると、一応、
「まあね」
 とは答えておいたが、それ以上のコメントは避けた。
 ただ、そのニュースが、彼の伊角に対する興味をそそったのは確かなことだ。
 その年のプロ試験のレベル自体がどうかと言うことは不明であったが、伊角は楊海が保証したとおり、全勝でプロ試験をクリアした。ただ、この時には、楊海からの話を聞いていたせいか、彼は伊角の力自体はそれ程評価してはいなかった。彼の全勝合格は、半分は楊海の指導の結果と考えていたからだ。
 新初段戦は新人棋士に花を持たせる色合いの強い棋戦だが、桑原という老獪な棋士は、若い者にそう簡単に花を持たせるようなことはしない。その桑原翁に六目半で勝たれてしまっては、「桑原翁から本因坊を奪取する」ことを目標の一つとしている彼としては、注目をせざるを得ないのだった。
 楊海に連絡を取った際に、そのことにさらりと触れると、彼はもうとうに本人から報告を受けていたようだった。
 緒方の桑原に対する執念めいた感情についていつか聞かされた覚えのある楊海は、
「すぐにでも引っ張ってきて、どうやって勝ったか教えろ、とか言いたいところじゃないですか?」
 と、冗談めかして話していた。
「馬鹿にするな。オレだって何度も勝ったことはある」
「でもタイトルは……」
「今年はもらう」
「倉田も好調なようですけど?」
「関係ないな」
「そう言えば、今年の本因坊リーグには、塔矢アキラが入ってるんですよね」
「それがどうかしたか?」
「気になるでしょう」
「別に。よく来たな、と、頭を撫でて帰すだけだ」
「ご褒美つけて?」
「空手に決まってるだろう」
 緒方の返事に楊海は笑っていた。
 伊角の正式なデビューは四月だ。
 三月以降の緒方は十段の防衛戦もあり、かなり忙しくなる。その時の電話で、楊海は5月の北斗杯の為に来日することを告げていたが、「会えないと思う」としか返答できなかった。それでも彼等は折を見て連絡をつけ合うことが出来る。
 しかし、伊角と緒方との逢瀬はいつ実現するとも知れなかった。

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面倒くささがきわまり、『遠い星』はカテゴリ化することにしました。
『指輪』と『密約』は少ないので、残しておきます。