key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・12』

 その日楊海が目を覚ましてみると、夕方だった。
 明け方近くまでコンピューターを弄っていて、こうなったら、と、彼は自棄気味になり、朝食をとってから寝ることにした。食堂が開くのを待って丼飯をかき込んで、食堂へ向かう皆の視線を感じつつ部屋に戻ると、歯も磨かずに寝た。鍵のことなど、もとより気にしていない。
 「なんだか寝たりねぇなぁ」と思いつつ、デスクに向かう。メールチェックをしながら、時間を確認して少々焦りはしたが、「まあ、いいや。別に対局じゃねえし」と、開き直った。
 特に重要そうなメールはなかった。不要なダイレクトメールを次々にゴミ箱に突っ込んで、大きく伸びをする。そしてニュース系サイトの巡回を始めた。
『楊海さん、いる?』
 ドアの陰から、趙石の顔が覗いたと思うと、楊海の返事を待たずにすたすたと入ってきた。後ろには、当然のように楽平がくっついている。いつもの通りだった。
『楽平、ドア閉めてこい』
 楽平はしぶしぶドアを閉めると、わざと楊海の使っているベッドに乱暴に腰を下ろした。
『あ、なにこれ』
 趙石は、楊海が机上に置きっぱなしにしていたMDプレイヤーに目をつけた。趙石が手を伸ばす直前で、楊海はさっとそれを取り上げた。
『なにそれ、見せて見せて』
『駄目だ。オモチャじゃねぇんだぞ。これは』
『どうしたの?それ』
『……買ったんだよ』
『それ、この間発売になったばっかりのMDウォークマンじゃないの?』
『……お前、よく知ってるな』
『この間電気屋にポスター張ってあったから訊いてみたら、品切れって言ってた』
『そうか。そりゃ残念だったな』
 楊海は話をさらりと流して、MDプレイヤーを趙石の手の届かない棚の上に置いた。
『ところで、何の用事だ?』
『別にぃ』
 楽平がベッドの上で跳ねていた。
『楽平、埃立つからやめろ』
『もともとゴミだらけじゃんか』
『うるせぇ。降りろ』
 語気粗く注意されて、楽平はしぶしぶベッドに腰を下ろした。趙石もその隣に腰を下ろした。
『ねえ、楊海さん。今日日本の人たちが来てたんだよ』
『……へえ』
 趙石の言葉に相槌を打ちながら、楊海は、緒方から言われていたのが今日だったかと思い出し、冷や汗をかいていた。謝礼代わりの品物を先に受け取っていたせいか、忘れかけていたのである。
『プロか?アマか?』
『知らない。なんとかって言う会の人たちって言ってたけど。親善だって』
『たくさん来たのか』
『女の人が一人と男の人が……四人くらいかな』
『ふうん。打ったのか』
『僕明日対局するんだ』
 趙石の声だった。
 楊海はくるりと椅子をまわすと、楽平に『お前は?』と、尋ねた。
 楽平はそっぽを向いている。
 楽平は才能が無いわけではないが、棋院で生活をするようになってからはふらふらと遊んでばかりいた。雲南省から親の目のない北京に出てきて、年頃の少年らしく遊びたい気持ちが前面に出ていて、碁はおろそかになっている。このごろ仲間内では「楽平を捜すなら、ゲームセンター」と言われることもあった。棋院に入ってから成績は下降の一途を辿り、現在は底辺を彷徨っている状態なので、対局をしたところで、威張れるような内容ではないはずだった。
 楊海は呆れて溜息をつき、趙石に目を戻した。
『それで?そいつらまだいるのか』
 楊海は、緒方から頼まれた「イスミ」のことを確かめておかなければならないと思っていた。
『ううん。さっき帰った。ホテルに泊まってるみたいだよ』
 緒方からは、彼等が二泊程度すると聞いている。時間はあるな、と、思っていた。
『ところでさ、楊海さん。張孔文4段って、対局したことある?僕、今度の棋戦であたるんだ』
『晩飯のあとでデータ出してやるよ』
『じゃあ、ご飯食べたら、また来るね』
 二人はひとまず帰ろうとした。
『あ、趙石』
 楊海の声に、趙石は戸口で振り返った。
『明日の対局表って、持ってるのか?』
『うん』
『あとで見せてくれよ』
 趙石は『いいよ』と、頷いていた。

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とりあえずここまで。