key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・10』

 緒方が楊海と初めてあったのは数年前。場所は北京のあるホテルだった。
 楊海はその棋戦に出場するわけではなかったが、日本語が出来る貴重な棋士と言うことで、日本人棋士たちに割り当てられた通訳だった。
 その頃楊海は二十になるかならないか。しかし風貌は今のとおりで昔からつかみ所のない男だった。ある程度英会話の出来る緒方はあまり楊海の世話になることもなかったのだが、話をしたのはふとしたきっかけだった。
「それ、いいですね」
 と、楊海の方から話し掛けてきた。
「これ?」
 緒方は手にしていたデジタルカメラを持ち上げて見せた。
「それ、C社から先月出たばかりでしょう」
「ああ」
「ちょっと、見せてもらって良いですか」
 楊海は目をきらきらさせていた。
 緒方は新しい物好きで、デジタル機器にはことさら興味を持っている。楊海の様子から、彼も同類らしいと思った緒方は、楊海にそれを手渡してやった。
 楊海は興味津々の様子で、カメラをひっくり返したり撫で回したりし、緒方にいろいろと質問をしてきたりもした。
「これはまだこっちには入ってきてないだろう」
「ええ」
 楊海は「いいなぁ」とか「う〜ん」などと言いながら、依然としてデジカメを弄りまわしていた。
「これ、充電式でしたよね。バッテリーどれくらい持ちますか」
「まだそんなに持たないな」
「一時間とか?」
「そりゃ短すぎるよ」
 緒方はつい笑った。
「C社のサイトには15時間ってありましたけど」
「電源入れっぱなしだと、その半分か三分の一くらいだろう。まだたいしたことはないよ」
「そうですか」
 楊海は残念そうに言うと、「もうしばらく我慢した方がいいかなぁ」と呟いていた。
「でもすごく手にしっくり来ますね。これ」
「そうなんだ。それで決めた。音も静かだし」
 楊海からカメラを受け取った緒方は実際にズームレンズなどを動かして見せた。楊海は羨ましそうにそれを見ている。
「撮ってみたいんじゃないか?」
「良いですか」
「データは消せばいい。何枚か試してみて良いぜ」
 緒方が再び彼にカメラを手渡すと、楊海は嬉しそうに試し撮りをしていた。
「コンピューターは?」
「もってますよ。MacとWindows。両方もってます」
 楊海は「ありがとうございました」とカメラを返してきた。
「先生はどっちですか」
「オレはMac」
「オレもどっちかというとMacの方が好きだな」
ネット碁は?」
「やりますよ」
「ハンドルは?」
「それより、メールアドレス教えて下さいよ。そうしたら連絡取り合って、対局できるでしょう」
 その当時、まだネット碁に興じる棋士はそれほど多くなかった。名前の裏側がわからないインターネットの世界で、それなりの相手を見つけ出すことは大変な手間になる。楊海の話に納得をした緒方は、もっていたプログラムの裏に自分のメールアドレスを書き、楊海に差し出した。
「交換だ」
 楊海はジャケットのポケットに丸めて突っ込んでおいたプログラムを必死で広げ、裏にメールアドレスを書き付けた。
「楽しみにしてます」
 その言葉に返すように緒方は微笑んだ。
 彼等がネット上で初めて対局したのは、それから二週間ほど後のことだった。
 彼等の付き合いはそんな風に始まった。

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面倒くさいので匿名やめました。