key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・7』

 その年のプロ試験では、進藤ヒカルと「伊角」という二つの楽しみが出来た。
 力のあるものは、必ず表に出てくる、と、緒方は思っている。評判が高くとも、表に出てこないものにはそれなりの理由がある。ヒカルと伊角は、果たして表に出てくるような力を持っているのか、とりあえずは様子を伺おうと思っていた。
 ヒカルについては、何度か対局も見たことがあるが、伊角については、まだ対局は未見である。それまでも何度かその名前を思い出し、捜したことはあったのだが、その度に裏切られたような気にもなっていたので、もし、今年も以前と同様に彼の名を紙上に見つけられないようなことになったら、今度こそ伊角には見切りをつけようと考えてもいた。
 酷暑の中棋戦を乗り切りながら、緒方は折に触れプロ試験の結果をチェックしていた。ヒカルは最終的に合格したが、伊角は対ヒカル戦を落とし、後半は乱れて最終的に合格を逃した。緒方はその結果を見て、「やはりこんな程度なのかな」と、思っていた。伊角に対する興味は、また失われつつあった。
 その後、緒方は対局日に篠田と顔をあわせた。
 若獅子戦で話をした経緯もあり、緒方はプロ試験の結果について、篠田に話しかけてみた。
 ヒカルについては普通にコメントをしていた篠田は、伊角のことを話す際には、やや気落ちした様子を見せ、伊角が院生をやめてしまった、と、告げた。
「まあ、彼は18才だったから、いずれは卒業しなければならなかったんだが……」
 短い期間ではあったが、緒方も院生であったので、その内情は把握している。プロ試験に合格すれば、もう研修に出る必要もないが、落ちたからと言って、そこで即終わりになるわけでもない。
「実は、九星会の方もやめてしまってね」
「それは、見切りをつけた、ということですか」
 緒方の率直な言葉に、篠田は「ううん」と唸っていた。
「伊角くんていうのは、実は非常にプライドの高い子でね」
 篠田は話を変えてきた。
「私の所に相談に……いや、相談じゃないな、あれは。自分で出した結論をただ私の所へ報告へ来た。そんな風だった。随分言葉を尽くして引き留めようとはしたんだが、駄目なんだな。どうやらプロ試験の最中に何かあったらしいんだが、本人はそれが酷くショックだったようでね。どこをどうつつこうとしても、けして話をしない。ただ「やめたい」と、それだけなんだ。緒方くんもわかるかも知れないけれど、闇雲に攻めるばかりじゃ埒のあかないことってあるだろう。この子には少し時間を上げた方がいいんじゃないかと思って、結局私は届を受け取ることにした」
「時間をやる、ということは……」
 緒方の言葉に、篠田は僅かに頷いて見せた。
「成澤先生とも話をしたんだが、私達は、彼がこれきり囲碁から離れられるとは思っていないんだ」
「それは、どういう理由からなんですか」
「今回のプロ試験で、彼は大きな悔いを残しているようだから。そういうすっきりしない形で物事を終えられるような子ではないんだよ。伊角くんというのは。だから、彼はまた来年、必ずプロ試験を受けると、私達は思っているんだ」
 篠田の確信に満ちた表情を、緒方は冷静に見つめていた。

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何か忘れているような……。ちょこちょこ手を入れるかも知れませんな。