key of life

BL小説を書いたりしている江渡晴美の日記です。

『遠い星・3』

 九星会は、「囲碁を学ぶことを通して社会人として望ましい人格を形成する」ということを主眼とした団体である。
 主催者である成澤氏はプロ棋士であったが、体調を崩し、プロとして棋戦をこなすことが難しくなったために、引退後の人生を後進の育成に捧げようと、この会の設立を思い立った。設立当初は、都内にある成澤氏の自宅に併設された教室だけの開講だったのだが、その内、院生研修などでその評判が広まり、会の在籍者や卒業生の中からもプロを多く輩出するようになったため、プロ予備校と目されるようにもなった。成澤の人柄もあり、会の評判も高まって、今では、都内及び近隣県の数カ所に教室を持つ、ちょっとした組織になっている。
 彼がその九星会に入ったのは、碁を覚えるきっかけを作った彼の祖父が、「碁会所で年寄りの相手ばかりでは可哀想だから」と、軽い気持ちで問い合わせをしたことがきっかけだった。会には彼と同じように碁を楽しむ同年代の少年少女達が多くおり、その仲間達と影響をしあううちに、彼も自然とプロを目標とするようになった。
 彼の通っていたのは、成澤の自宅に併設された、いわゆる”本校”で、彼は成澤から直接指導を受ける機会にも多く恵まれた。成澤にその才能を認められ、また、その気性を好かれ、彼は成澤の秘蔵っ子として周囲からも認識をされていた。
 彼が高校三年の秋に、かつてないような挫折感と敗北感を味わい、打ちひしがれて「九星会をやめる」と言い出した時、成澤は言葉を尽くして彼を励まし、また説得を試みた。彼はその言葉に耳を傾けるような姿勢は見せたが、結局自身の決意は変えなかった。そういう頑固さが彼の中にあることも、成澤には解っていたし、その時の彼は精神的にも不安定だったので、少し碁から離れるのも良いのではないかと思う気持ちもあった。それで、成澤は結果的には彼の退会届を受け取った。
「君がいなくなると、寂しくなるね」
 成澤がそう言うと、彼は申し訳ないような、困惑したような表情を浮かべ、「長いことお世話になりました」と、頭を下げた。
 彼が結局は囲碁から離れられず、その世界に戻ってくるだろう、と、いうことは、長く彼を指導してきた成澤には容易に予想できた。
 だから、成澤が、彼の退会した翌春に行われた、中国棋院との親善旅行の件を彼に持ちかけたのは、偶然ではなかったのである。彼の気性をよく知る成澤は、自身の体調不良を理由にし、また、彼の囲碁に対する飢餓感を予想し、素知らぬふりをして声をかけたのである。
 成澤の思惑など何も知らずに中国棋院へ向かった彼は、その思惑通り、囲碁にどっぷりと浸かる生活に戻った。
「一緒に帰らないと言って、……」
 親善旅行の報告に来た桜野は、困惑した表情でそう成澤に告げた。
「それは困ったね」
 と、彼女に同情する素振りを見せながら、成澤は内心安堵していた。
 彼から成澤に電話が入ったのは、そのしばらく後である。
 「二ヶ月留まるつもりだ」という言葉を聞き、彼は「頑張りなさいよ」と優しく彼を励ました。二ヶ月は彼にとって、いいリハビリになるだろうと思っていた。
 そして彼は成澤の期待を裏切ることはなかったのである。

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 ……成澤×伊角?
 それにしても、こういう話の設定を作るところは燃えるなぁ。ははは。